2008年08月31日

赤いサイトウユウキ。

「去年は結果を出せずに終わったので早く楽になりたかった」

Carpの3年目左腕、斉藤悠葵が5回を被安打2、無失点に抑えてプロ2勝目を飾りました。

早大・斎藤佑樹と同じ読み方をすることから「赤いハンカチ王子」なんて異名もあるそうですが、プロで勝つ方が何倍も価値がある。

帽子のひさしの裏には「我慢」の2文字。

耐えて699日ぶりの勝ち投手となった赤いサイトウユウキ、ハンカチ以上に名をあげて欲しいですね。
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2008年08月22日

ソフトは「金」。

野球と同じく次回のロンドンオリンピックから除外の憂き目にあったソフトボールはエース上野の3連投、409球という大車輪の活躍が実って宿敵・アメリカに3度目の対戦で初勝利。

1回、6回と満塁のピンチを抜群のチームワークと堅守でしのいで悲願の金メダル奪取となりました。

「世界一になることを目標にやってきたので、達成できてうれしい。2016年(の五輪)に、ソフトボールが戻ってくることを期待したい」

試合後は銀のアメリカ、銅のオーストラリアとともに2016年オリンピックでの復活をアピール。

ソフトの一体感というか結束力、チームワークは全競技NO.1。

アメリカのブストスみたく重量上げ的体型でもプレーできる貴重なスポーツなんだし、あとは普及活動を頑張ってもらうしかないね。

posted by sunrain at 13:25| 野球好きへの挽歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月13日

ドクター・エトウ診療所。

「みんなでつないで同点まで来て、何とかその流れでいい結果を出せるように頑張りました」

プロ20年目のベテラン、江藤が代打で決勝の3ラン。

出番が少なくなっても、いち早く球場に現れて練習する姿はチームの良き模範。

ブラゼルや多くの若手の悩みを聞いたり、相談に乗ることから、ついた呼び名は“ドクター・エトウ診療所”なんだとか。

「とにかく今日の一発はうれしかったな。首脳陣が言えないことでも江藤が言うと若手が素直に聞いてくれる。いるだけで精神的な柱になる」。

ナベQ監督も絶讃する江藤の活役でついに2位とは6,5ゲーム差。

「もうしんどいね。これで“まだいける”と言っていたら変だと思われる」とFighters、梨田監督もお手上げの長打力。

もう1位抜けは決まったかもしれんね。
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2008年08月12日

セールスポイントは「足」。

「あの足は何とか戦力にしたい。ああいうのがプロ。セールスポイントを持っているっていうのがな」

新人王候補の最右翼だった長谷部が1回持たずにノックアウトという沈む展開の中、野村監督のハートを掴んだのは、BCリーグ出身、育成ドラフトから這い上がってきたルーキーの内村賢介。

3回に叩きつける打球でサードの悪送球を誘う内野安打を打つと5回には1,2塁の場面でセーフティー気味のドラッグバントを決めて再び内野安打。

「両打ち転向の効果? ありましたね。左で打ったから、相手もミスしてくれた」

プロの世界で生き抜くためには何かしらの武器が必要になるわけですが、163cmと小柄な内村にとって、足は唯一の「セールスポイント」。

足を活かすために挑戦した「両打ち」が成功への路を切りひらくことになりそうだ。
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2008年08月05日

哀愁の「リーゼントブルース」。

前日、19失点と投壊地獄に突き落とされたチームに喝を入れたのは、やはりこの人。

ハマの番長、三浦大輔。

「もうこの3点は返ってこない。3失点で止めれば、みんなが返してくれる」

初回に3点を奪われるも、味方の反撃を信じて粘り強く投げ抜き、8回3失点で4勝目。

「相手はどこでも同じ。マウンドに上がったら、勝つだけ」

この試合から竹内力作詞の「リーゼントブルース」を登場曲に使用。

真夏なのに秋風漂うハマスタに、この日ばかりは勝利のブルースが響き渡りました。
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奇跡が奇跡を呼んで。山本昌、200勝達成!

「よくぞ自分がここまでこれたな、と思う」

Dragonsの山本昌が8月4日のGiants戦に先発し、失点1で完投。

史上24人目となる通算200勝を達成しました。42歳11カ月での達成は、史上最年長となります。


「泣かんとこうと思ったけど、胴上げされて…。重いんじゃないかと恥ずかしかったけど、気持ち良かったです。投げる試合は全部勝ちたいと思っているけど、こんなうまくいくとは思わなかった。よくぞ自分がここまでこられたなと、よく頑張ったなと思います」

プロ入りして4年間勝ち星がなかった。

後がない中、アメリカ留学を決意し、1Aベロビーチドジャースでアイク生原(生原昭宏)氏に師事。

《「アイクさんの教えは3つだけ。ボールは(体の)前で離せ、ストライクを投げろ、上から投げろ。基本ばかりでした」。毎日、呪文(じゅもん)のように聞かされた。登板後は反省会。朝4時近くまで投球解説は続き、翌日は球場へ行くとスコアブックと要点を記したメモを手渡された。チームメートの内野手から教えられたスクリューボールにも磨きをかけた。》(スポニチ)

シーズン途中に帰国し5勝。翌年から9勝、10勝と勝ち星を重ね、ローテーションの軸としてチームを支える投手となった。

93年には17勝、防御率2.05で最多勝、防御率1位を獲得。94年にも19勝を挙げ2年連続の最多勝、さらに沢村賞も同時に受賞。

「今中がいて、野口がいて、川上がいた。自分は軸じゃなかったけど、奇跡が奇跡を呼んでこういう成績になった」

人との出逢いが人生を変え、努力と奇跡がめぐりめぐって積み重ねた「200勝」でありました。
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2008年08月04日

『NEVER SAY NEVERや!』

清原和博が06年9月8日のFighters戦以来、695日ぶりに1軍の打席に立ちました。

「歓声だけは凄く聞こえたけど、投手はあまり見えなかった。2年間というものがあって、なかなか打席で構えることができなかった」。

「3球とも振ろうと思った。2000安打や500本塁打の時とは違った打席に立てる喜びがあった。うれしかった」


初球、144km/hの直球をフルスイングの空振り。

最後はカウント2―2から140km/hの直球にバットが空を切った。

『NEVER SAY NEVER』

某企業の広告コピーなんだけども、このさいですから。できないなんて言わんでもっともっと続けて欲しいね。
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2008年08月03日

玉砕精神で。

「この2年間ひざをけがしてから、2度の手術、本当に苦しいリハビリを経てようやくここまでくることができました。オリックスに移籍してからチームに何一つ貢献することなくここまできたんですが、仰木さん(元監督、故人)が呼んでくれたオリックスに恩返ししたいという思いでここまできた。僕のグラウンドでの姿を見れば万全ではないことはわかると思います。こんな状態では来年グラウンドには立てないと思います」

Bsの清原和博が復帰会見で今季限りで引退の可能性を語りました。

「手術してフィールドに戻った選手がいない」という左大腿(たい)骨関節軟骨移植手術から不屈の努力で復活を目指し、調整を続けてきましたが、桑田さんとの友情対決直後に再び悪化。

 「両親に伝えるときが一番つらかった。(涙を浮かべながら)1軍の合流が決まって、休みを利用して岸和田に帰ったときに、先祖のお墓参りをしようと思って。母親をおんぶしながら。面と向かっていうとあれなんで。おんぶしたまま伝えました」

 「“玉砕の精神”で、心技体の中で最後に残った心の魂をもって、僕のひざがもつ限り、チームのためにバットを振りたいと思う。この2年間、野球ができなかった悔しさを、一球一球、魂をこめてスイングするのを見ていただければと思う」


 「僕が経験したことのない、最後の戦いが明日から始まる」

40歳。男の最後の戦い。・・・・ちょっと涙なしでは観れんな。これは。
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2008年07月31日

3000安打の証言。

3000安打を達成したイチロー選手に対する日本、そしてアメリカからの証言を。


妥協なき道具へのこだわり


《通常80〜90年の成熟期間があるバットの素材にあって、50〜70年の若木を使うこと。「粘りがあるから折れにくい。バットにしなりが出る」01年にマ軍へ移籍した当時はホワイトアッシュを使用したが、その一時期以外はアオダモを一貫して使用。900グラム前後のバットを使い続けて、形などの大きな変更は一切ないという。「私の記憶の中では、これほど変えない方はいらっしゃらないですね》(ミズノ・久保田五十一)

「4000本」への挑戦を


《「球を捕らえるというのは今まで見てきた選手のなかで一番」「われわれにとっては大記録でも彼にとってはゴールではなく、通過点にすぎないでしょう。彼がどこまで記録を伸ばせるか楽しみ。1日も早く4000本に到達できるよう頑張ってほしい」
「守備も投球もレベルが上がっているなかで、(シーズン)200本はすごい。米国でもイチローは特別な存在だ」》(王貞治)

 「日米通算3000本安打達成おめでとうございます。イチロー君らしいアグレッシブなヒットでしたね。この記録はイチロー君が持つ天性のスピードと日々の技術の研鑽(けんさん)によって生まれたものだと思います。また、日本で活躍しているころから大きなけがや故障をしていないところにも、行き届いた準備のよさを感じます。テレビでプレーを拝見するたび、達成された記録を知るたび“さすが”と感じさせる数少ない選手です。ヒットの数を積み重ねていってください」(長嶋茂雄)


あと10年ぐらいは200本打を。

《「シーズン200安打、3割切ったら、自分のケアのせいかと思っちゃうぐらい素晴らしい選手」
「単純計算してあと10年ぐらいは200本打つ感覚はあります。そしたら数字はある程度、分かるかと思います」》(森本貴義トレーナー)


グラウンドに立ち続ける姿


《「期待されている記録を、当たり前のようにこなしている格好良さがある。3年間だけど、一番近くで見てきて、肌で感じないと分からないことがあった」
「どうしたら、ここぞという時に力が抜けるのか。そういう究極のことを話している」
「ヒットを打つ技術よりも、グラウンドに立ち続ける方が素晴らしい」
「米国の選手が日本に来たら活躍できるか、という質問を反対に、してあげればいい。米国のトップ選手が日本に行ったら4割を打てるか。イチローさんは誰よりも高い数字を米国でも残している。認めざるを得ないでしょう」》(城島健司)
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イチロー、3000安打の矜持。

「95年春に張本さんに“3000を打つのはおまえ。首位打者7回も、最終的にヒットの記録もおまえに抜いてもらいたい”と言われたんですよ。到達して、そのことを一番思い出しますね」。

Seattle Marinersで孤軍奮闘中のイチローがついに日米通算3000安打を達成。

BW時代の9年間で1278安打、MLB8年目で1723安打を積み重ねてきた。

「日本で養われた技術を使って、僕はこちらでヒットを打っている。考え方も含めて日本時代に僕は養われたわけですから」

「米国人の中には、『日本のヒットなんか…』みたいな声は絶対あると思うけど、米国でのヒットのペースの方が速いんですよって言い返しますけどね」

日本で培った経験と技術に対する誇りと矜持がイチローを支えてきた。

34歳9カ月、2175試合での到達は、張本の記録より年齢で5歳2カ月、試合数で443も早く、大リーグの記録と比べてもタイ・カッブに次ぐスピード記録。だが、MLB8年目の今季は苦労の連続。チームはまたしても低迷し、監督も途中交代。8年連続がかかかる200安打にも残り56試合で69安打が必要になる。

それでも、壁は自分自身がつくっている。

「いろいろな目標と戦えるのは、選手として喜びにしなければならない」

イチローはこれからも様々な壁を乗り越えていくはずだ。


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2008年07月30日

友情の38球。

1軍復帰直前の清原が打撃投手に指名したのは桑田。場所は神戸のスカイマークスタジアム。

ここに最後のKK対決が実現しました。

復帰後も練習を重ねてきた桑田さんが「アマのボールは投げたくなかった。しんどいときもあったけど、彼の顔を浮かべてね。でも、きょうでプロの球は投げなくていいんです」ともてる力を振り絞った渾身の投球で挑めば、清原も「恐怖感や不安いっぱいで、桑田にポンと背中を押してもらった」「生涯最高の練習をやってもらった。桑田の魂を胸に頑張っていきたい」と復帰に懸ける思いを語るわけですよ。

《アクシデントは26球目に待っていた。打球が桑田さんの左足首内側を直撃。患部を冷やすと、休むことなくさらに12球を投げ込んだ。「会心の当たり。投げ続けたのが不思議だし、心配」と思いを熱くした清原。「お土産をもらいましたね」患部は腫れ、湿布を施すほどだったが、桑田さんはさわやかに笑った。》(報知


26球目に打球を左足首に当てるも、さらに12球を投げ込んだなんてくだりは感涙ものです。

いい話や。
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2008年07月29日

ハマの番長の心意気。

「最後は意地みたいなもので無理にいかせてもらった。1つ勝っただけですから」

1年ぶりの完投で今季3勝目を飾ったBaystarsの“ハマの番長”こと三浦大輔。

投げては141球の熱投。打っては8回にはレフト前にヒット、さらにホーム生還の激走もありとチームの柱として健在なところをみせてくれました。

「2か月近く休んでいたし、一つずつやっていくしかない。借りはまだまだある」

ダントツの最下位という状況に切歯扼腕してきた男の心意気ってやつをこれから見せてもらおうじゃありませんか。
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2008年07月22日

1393日ぶりの復活登板。

「つらい時も本当に心の支えでした。後は僕がやるだけ」

家族への感謝の言葉を述べたのは「黄色じん帯骨化症」という難病からの復活登板を飾ったBsの宮本大輔投手。

一昨年の発病によって、07年は育成選手としての契約を余儀なくされ、今季から再び支配下登録。

7/21のHawks戦は実に1393日ぶりの1軍マウンド。

先頭打者にホームランを打たれたもののその後は2回を抑えてまずまずの出来にも「変な思い入れもないし、投げられただけで喜んでいる場合ではない」と次を見据えているとこなんか、なかなかいいっすよね。

感謝の次は恩返し。人の道はかくあるべしだね。
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2008年07月18日

野茂が投げれば大丈夫。



「中途半端にしていてもしようがないし、けじめをつけないといけない。ファンにも報告しないといけない。どこも取ってくれる球団はないと思う」


 「自分の中ではやりたいが、プロ野球選手としてお客さんに見せるパフォーマンスは出せないと思うし、同じように思っている球団も多いと思う」


ヒデオ、ヒデ〜オ、NOMOが投げれば大丈夫♪

なんて歌も作られたほど活躍した野茂英雄さんが引退を決意。

近鉄バファローズ時代に78勝46敗、MLBでは123勝109敗。

三振か四球かという一人で野球をしてしまうタイプの大投手でしたね。

ナショナル、アメリカン両リーグでノーヒットノーランを達成したり、当時ストの影響で人気ががた落ちしていたMLBの救世主と言われたり、そんなことより、この野茂からマリンで初芝がセンターバックスクリーンにホームランを打ったことを思い出しちゃったけどさ。
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2008年07月13日

朱に交われば。

「初球だったので、ストレート系だけを狙い、それ以外なら“ごめんなさい”というつもりで打った。詰まったのが逆によかったです!」

新井サンの代役で移籍してきた赤松がこの試合、唯一の得点をたたき出す殊勲の活躍。

 「阪神ではダメだったのに、打撃コーチに“重心を低くした構えでやってみたい”と伝えたら、“やってみろ”と言ってもらえた。自分がやろうとすることを理解してくれるのはうれしいです」

プロ入りから3年間で1軍で36試合しか出場経験のなかった選手も、こうやって活躍の場を与えられれば花開くこともあるんだね。

朱に交わればなんとやら、合う合わないってのは誰にだってあるわけですよ。

イマイチ、伸びなやんでパッとしない選手は思い切って環境を変えてみるのもいいんじゃないですか。
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2008年07月12日

四十而不惑。

左ひざ手術からの復活を目指してウエスタン・リーグで調整中の清原和博がバックスクリーンに飛びこむ「らしい」ホームランを打ちました。

今週発売の『FRIDAY』ではいろいろなことを激白してくれているわけですが。

男、清原40歳。まだまだやる気に満ちてますよ。

子曰はく、
「吾十有五にして学に志し、
三十にして立つ。
四十にして惑はず、
五十にして天命を知る。
六十にして耳順ひ、
七十にして心の欲する所に従ひて矩を踰えず。」(論語)
posted by sunrain at 06:38| 野球好きへの挽歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大エースの貫禄。

「連敗を止めることだけを考えた。力でねじ伏せようとも思ったけど、遅いカーブがよかった。今後につながる」


交流戦でフォークを修得したと思ったら、短期間のうちに今度はスローカーブまでものにしちゃったダルビッシュ。

1点差なのに余裕というか貫禄の投球で完投勝利。

チームの連敗を止める活躍に梨田監督も「最後は託すしかないと、大エースだなと感じた」と感心しきり。

「気持ち的には楽になるが、これからもっと勝たないといけない」

10勝目にも緩まず、弛まず、次を見据える大エースでありました。
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2008年07月09日

“投げっぷり”がいいね。

「球数が少なかったので(完投を)したいなと思っていた。粘り強く投げられた」

Bsの小松聖が9回を失点1で抑えてプロ初の完投で6勝目をあげたようで。

鷹と鷲から3勝ずつと早くも「お得意さま」をつくりつつある2年目右腕に「打てない投手が決まってきたね。苦手意識はないが、打席で工夫がなく、ごまかされている」(野村監督)、「投げっぷりがいいのは分かっていたが、変化球に対応できなかった。能力の差」(池山打撃コーチ)とEagles側も幾分、うんざりぎみ。

気持ちがこもった“投げっぷり”がいい投手らしいですよ。
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世界の王が猛抗議。

「選手はなんとかしようとして点を取られないようにするものだが、審判があれで走塁妨害を取らないのはね。ああいうプレーは見たくない」

7回。2アウト一塁から中西がレフトオーバーの2塁打で代走の明石が本塁突入。

キャッチャーの細川にホームベースをふさがれていたため、回り込んでベースにタッチしようとしたが、ブロックされてタッチアウト。

これに世界の王さんが猛抗議。

「世界中のテレビ局に頼んできょうのVTRを流してほしい。日本の審判があれを取らないから細川がああいうプレーをするんだ」

判定は覆らなかったものの、鷹ナインには監督の気合が伝わったようで首位Lions相手に快勝。

「こういう試合を続けていかないといけない。打つ方も守る方もそれなりの仕事をしないと。ウチは追い掛ける方だから、最初(初戦)を取るのが絶対条件だった。」

まさに執念。こういう勝利へのこだわりがないととてもじゃないが、監督なんてつとまりません。
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2008年07月04日

夏男、ダルビッシュ。

「前回、僕で3連敗してしまった。絶対に勝ちたいと思って投げた。中盤までダメだったけど6回ぐらいから一気によくなった。野手の方のおかげですけど、この勝利はチームにとって大きい」

2連敗で迎えたLionsとの首位決戦3戦目。ダルビッシュが8回被安打5の3失点とエースの意地をみせて雪辱。

「暑い方が体が動くし、運もよくなる。『来たな』という感じ。北京五輪まで力尽きるぐらい投げて、チームに貢献したい」。

06、07年の7、8月は計15戦12勝で負けがないという夏男。

暑さに負けない熱投で、暑気を払ってくれそうです。
posted by sunrain at 10:24| 野球好きへの挽歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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